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【MPQとは】
McGill Pain Questionnaire(MPQ)は、1975年にカナダのRonald Melzackによって開発された、痛みの質と強さを詳細に評価するための質問票である。一般的な数値評価スケール(VASやNRS)とは異なり、MPQは痛みの感覚的・情動的・評価的側面を包括的に分析できる点が特徴である。質問票には**「ズキズキする」「焼けるような」「締めつける」**など、痛みの表現を言語的に分類した78の形容詞が含まれており、患者が自身の痛みをより具体的に表現できるようになっている。現在では、慢性疼痛や術後痛の詳細な分析に広く用いられている。
参考文献
Melzack, R. (1975). The McGill Pain Questionnaire: Major properties and scoring methods. Pain, 1(3), 277-299.

歴史
MPQは、1970年代に痛みの研究が急速に発展した中で誕生した。開発者であるRonald Melzackは、痛みは単に「強い・弱い」といった強度の違いだけでなく、その質によっても大きく異なると考えた。従来の痛み評価法では、患者が感じる多様な痛みの種類を正確に記録することが難しかったため、MPQでは「痛みの形容詞を用いて、より詳細に痛みを分類する」という画期的なアプローチが採用された。この手法は、慢性痛や神経障害性疼痛の診断・研究において大きな進歩をもたらした。
参考文献
Melzack, R. (1975). The McGill Pain Questionnaire: Major properties and scoring methods. Pain, 1(3), 277-299.
開発の背景
MPQの開発には、ゲートコントロール理論(痛みの伝達が神経回路で調節されるという理論)が大きな影響を与えた。Melzackは、痛みを単なる生理学的な感覚ではなく、心理的・情動的な側面も含めた総合的な経験と捉え、これを評価できる質問票の必要性を感じていた。MPQは、患者が痛みをより正確に表現できるようにするため、痛みの言語的表現を整理し、カテゴリ化した。これにより、異なる疾患や治療法における痛みのパターンを客観的に比較・分析できるようになった。
参考文献
Melzack, R., & Torgerson, W. S. (1971). On the language of pain. Anesthesiology, 34(1), 50-59.

【準備】
MPQを実施する前に、患者が適切に質問票を理解できるように、簡単な説明を行うことが重要である。質問票は通常、患者に配布して自己記入してもらうが、視覚障害者や認知機能の低下した患者には、医療スタッフが説明しながら記入を補助する。また、MPQには短縮版(Short-Form MPQ: SF-MPQ)もあり、より短時間で評価できるため、状況に応じて使い分けることが推奨される。
参考文献
Melzack, R. (1987). The short-form McGill Pain Questionnaire. Pain, 30(2), 191-197.
採点のポイント
MPQの採点には、3つの主要な指標がある。
- 痛みの記述(Pain Rating Index, PRI)
- 患者が選択した形容詞の数値を合計し、痛みの質を数値化する。
- 現在の痛みスコア(Present Pain Intensity, PPI)
- 0(痛みなし)から5(最悪の痛み)までのスケールで評価する。
- 総スコア(Total Score)
- PRIとPPIを統合し、総合的な痛みレベルを判定する。
これらの数値を分析することで、痛みの質や変化を定量的に捉えることができる。
参考文献
Melzack, R. (1975). The McGill Pain Questionnaire: Major properties and scoring methods. Pain, 1(3), 277-299.
【判定】
MPQの結果は、慢性痛の診断や治療効果の評価に用いられる。特に、特定の病気に特徴的な痛みの表現(例:「焼けるような」痛みは神経障害性疼痛を示唆)を把握するのに役立つ。また、時間経過によるスコアの変化を追跡することで、治療の効果を評価することができる。
参考文献
Dworkin, R. H., et al. (2005). Core outcome measures for chronic pain clinical trials. Pain, 113(1-2), 9-19.
【項目の解説】
MPQは、痛みの性質を言語的に分類することが特徴であり、以下のようなカテゴリーがある。
- 感覚的次元(Sensory Dimension)
- 「ズキズキする」「焼けるような」「ピリピリする」など、痛みの物理的な特性を表す。
- 情動的次元(Affective Dimension)
- 「うずく」「苦しい」「うんざりする」など、痛みの心理的影響を示す。
- 評価的次元(Evaluative Dimension)
- 「耐えられる」「激しい」など、患者が主観的に痛みを評価する言葉。
- 多次元的評価(Miscellaneous Dimension)
- 「痙攣する」「圧迫される」など、特殊な痛みの感覚。
参考文献
Melzack, R. (1983). Pain measurement and assessment. Raven Press.
【ポイント】
- 痛みの種類をより詳しく評価できる
- 慢性疼痛の診断や研究に適している
- 言語を介するため、文化的・個人的な影響を受けやすい
参考文献
Jensen, M. P., et al. (1994). The validity of MPQ as a measure of pain. Pain, 57(3), 317-326.
【ふかぼりコラム①】痛みは記憶に残る?

痛みは単なる身体的な感覚ではなく、記憶として脳に刻まれることが知られている。例えば、過去に強い痛みを経験した人は、同じ状況に遭遇すると痛みを予測し、それに対する恐怖が増幅されることがある。これを「痛みの記憶(Pain Memory)」と呼ぶ。
研究によると、脳の扁桃体や海馬が痛みの記憶を形成し、それが慢性痛の悪化に関与していることが分かっている。つまり、「痛みは脳が覚えてしまう」ため、治療には単に鎮痛剤を使うだけでなく、心理的なアプローチも重要になる。特に、MPQのような詳細な痛みの評価ツールを使うことで、患者の痛みの記憶を客観的に捉え、適切な治療法を選択することが可能になる。
また、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の患者が身体的な痛みを感じやすいのも、痛みの記憶と関連しているとされる。これらの研究が進めば、痛みの治療が単なる「鎮痛」から、「脳の記憶を書き換えるアプローチ」へと進化する可能性がある。
参考文献
・Apkarian, A. V., et al. (2009). The brain in chronic pain. Pain, 144(3), 130-134.
・Tracey, I., & Mantyh, P. W. (2007). The cerebral signature for pain perception and its modulation. Neuron, 55(3), 377-391.

【ふかぼりコラム②】AIによる痛みの言語分析

近年、AIを活用した痛みの言語分析が注目されている。MPQは患者の痛みの質を詳細に評価できるが、医師の解釈に依存しやすく、主観的なバイアスが入りやすい。そのため、AIによる客観的な解析技術が開発されつつある。
例えば、**自然言語処理(NLP)**を用いたAIは、患者の発言に含まれる形容詞の傾向を分析し、痛みの種類を自動分類することが可能だ。また、音声認識技術と組み合わせ、話し方や声のトーンの変化から痛みの強さを推測するシステムも研究されている。
特に、高齢者や認知症患者のように痛みを言葉で伝えにくいケースでは、AIがリアルタイムで解析し、MPQスコアを自動算出する技術が期待される。今後、AIが痛みの診断や治療方針の決定に貢献する時代が来るかもしれない。
参考文献
・Hammal, Z., & Cohn, J. F. (2014). Automatic pain intensity estimation using facial expression analysis. IEEE Transactions on Affective Computing, 5(4), 431-443.
・Werner, P., et al. (2019). Automatic pain assessment: A survey on existing and proposed technologies. Pain Reports, 4(1), e732.