改訂長谷川式簡易知能評価(HDS-R)

【改訂長谷川式簡易認知機能検査とは】

認知機能の低下レベルを客観的に把握するための検査です。もともと、高齢者の認知機能を評価するために作られたものです。ですので、主に記憶力に焦点を合わせているのが特徴です。他にも、MMSE(Mini Mental State Examination)という検査が臨床でよく使われますが、こちらは認知症状のある精神疾患患者さんの、記憶力、言語能力、視空間認知機能を評価するために開発されたものです。

歴史

長谷川式認知機能スケール(HDS-R)は、1974年に日本の精神科医である長谷川和夫氏によって開発された認知機能評価ツールです。このスケールは、特に日本の文化や生活習慣に適した形で設計され、認知症の早期スクリーニングに役立つよう工夫されています。
1991年に、初版を基に改良された「改訂版HDS-R」が発表されました。これは、項目数や評価基準がより簡潔で標準化された形式となっており、現在でも医療・介護現場で広く使用されています。具体的には、9つの評価項目から構成され、30点満点で採点されるスコア方式が特徴です

開発の背景


当時、日本では認知症に関する認知が低く、診断が遅れるケースが多かったため、簡便で実用的な検査が必要とされていました。HDS-Rは、患者と医師との対話形式で実施され、主に記憶、見当識、計算能力などを評価します。この形式は、欧米で普及していたMMSE(ミニメンタルステート検査)をモデルとしつつ、日本の特性に合わせた独自の質問項目を含む形で作られました

【準備】

・筆記用具、評価用紙
・テストで使用する品物を5つ、互いに関連性がなければ身近なもので構いません。
(例:時計、鍵、タバコ、ペン、硬貨など)
・設問に集中できる静かな場所で、人の出入りが少ない場所

【評価方法】

 HDS-Rは9つの項目から構成され、それぞれが認知機能の異なる側面を評価します。具体的な設問には以下のようなものがあります。

見当識:年齢、日付、現在地を正確に答えられるかを確認。

記憶力:即時記憶(3つの単語を覚える)や遅延再生(後で覚えた単語を思い出す)を評価。

計算力:100から7を順に引いていく計算。

逆唱:提示された数字を逆順に言えるか確認。

視覚記憶:5つの物品を見せてから記憶する能力を評価。

流暢性:知っている野菜の名前をできるだけ多く挙げる。

下記を口頭で質問し、回答してもらう。

氏名:                                        年齢:  性別:  
質  問  内  容
1お歳はいくつですか?(2年までの誤差は正解) 0 1 
2今は何年の何月何日ですか?何曜日ですか?
(年月日、曜日が正解でそれぞれ1点ずつ)



曜日
0 1
0 1
0 1
0 1
3私たちがいまいるところはどこですか?
(自発的にでれば2点、5秒おいて
家ですか?病院ですか?施設ですか?のなかから正しい選択をすれば1点)
0 1 2
4これから言う3つの言葉を言ってみてください。あとでまた聞きますので
よく覚えておいてください。
(以下の系列のいずれか1つで、採用した系列に〇印をつけておく)
1:a) 桜 b) 猫 c) 電車、 2: a) 梅 b) 犬 c) 自転車
0 1
0 1
0 1
100から7を順番に引いてください。(100-7は?、それからまた7を引くと? 
と質問する。最初の答えが不正解の場合、打ち切る)
(93)
(86)
0 1
0 1
私がこれから言う数字を逆から言ってください。
(6-8-2、3-5-2-9 を逆に言ってもらう、3桁逆唱に失敗したら、打ち切る)
2-8-6
9-2-5-3
0 1
7先ほど覚えてもらった言葉をもう一度言ってみてください。
(自発的に回答があれば各2点、もし回答がない場合以下のヒントを与え
正解であれば1点)
a)植物 b)動物 c) 乗り物
a: 0 1 2
b: 0 1 2
c: 0 1 2
8これから5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったか言ってください。
(時計、鍵、タバコ、ペン、硬貨など必ず相互に無関係なもの)
0 1 2
3 4 5
9知っている野菜の名前をできるだけ多く言ってください。
(答えた野菜の名前を右欄に記入する。途中で詰まり、
約10秒間待っても答えない場合にはそこで打ち切る)
0~5=0点、6=1点、7=2点、8=3点、9=4点、10=5点
合計得点

【判定】

重症度別平均得点:
 軽度 17.85 ± 4.00、中等度 14.10 ± 2.83、やや高度 9.23 ± 4.46、高度 4.75 ± 2.95
カットオフ:30点満点中、20点以下は認知症の疑い

【項目の解説】

1:満年齢が正確に言えれば1点。2年までの誤差は正答とみなす。
2:「今日は何月何日ですか?」と聞き、「何曜日でしょう?」「今年は何年ですか?」とゆっくり別々に聞いてもよい。年・月・日・曜日それぞれに対して1点を与える。年については、西暦でも正解とする。

3:患者が自発的に答えられれば2点。病院名・施設名、住所などは言えなくてもよく、現在いる場所がどういう場所か、本質的にとらえられていればよい。もし、正答がでなければ、5秒おいてから「ここは家ですか?病院ですか?施設ですか?」と聞いて、正しい選択ができれば1点とする。
4:3つの言葉はゆっくりと、それぞれ区切って発音する。3つの言葉を言い終わった後に繰り返して言ってもらう。「桜・猫・電車」「梅・犬・自動車」のいずれかを使う。一つの単語ごとに1点。正解できない場合は、採点後に正しい答えを再度覚えてもらう。3回繰り返しても覚えられない場合は打ち切り。覚えられなかった単語は項目の7の問いから除外する。

5:各正答につき1点。答えが間違えばそこで中止する。
6:数字はゆっくりと1秒ぐらいの間隔をあけて提示。問いの意図が伝わりにくければ、2桁以上の数字の例題を出してもよい。正解にたいして各1点。

7:3つの言葉に対して自発的に答えられた場合は各2点。もし、答えられない言葉があった場合は「一つ目は植物でしたね」と1単語ずつヒントを与え、正答できれば1点。
8:物品を用意しておき、物品を1つずつ確認してもらいながら提示する。物品は相互に関係のないものにする。

9:この検査は言葉の流暢さを確認するための質問なので、約10秒待っても次の野菜が出ない場合は、そこで打ち切り。採点は、「1~5個 → 0点、6個 → 1点、7個 → 2点、8個 → 3点、9個 → 4点、10個 → 5点」

【ポイント】

・認知機能の評価は、その他の検査や評価の信頼性や判定に影響する検査であるため、
 できるだけ早めに実施することをお勧めします
・改訂長谷川式認知機能スケールは、精神科医である長谷川和夫氏が開発した認知機能検査です。
 準備物が少なく、短時間でできるため多くの医療機関で実施されています。
 他の認知機能検査には、MMSE(ミニメンタルステート検査)、
 DASC-21(地域包括ケアシステムにおける認知症アセスメントシート)、CDT(時計描画テスト)、
 MRBMT(リバーミード行動記憶検査)、oCA-J(日本語版Montreal Cognitive Assessment)等がある。
・認知機能検査は、事前に説明しておかないと相手を不快にしてしまう可能性があるため
 「これから行う検査は、とても簡単な問題と、難しい問題があります。大切な検査ですので、
  ご協力をお願いします。」というように、簡単な問題で相手が不快にならないないように、配慮して実施する。
・一般的なカットオフは20点ですが、20点以下でも「認知症の可能性がある」と判断します。
 認知症の判定は、その他の画像診断や、他の検査、エピソードを元に慎重に判断する必要があります。

【ふかぼりコラム①】MMSEと長谷川式簡易知能評価スケールはどっちが古い?

 1974年に長谷川和夫らによって長谷川式簡易知能評価スケール(HDS)が作成され、その後に質問項目の再構成と採点基準の見直しがなされ、1991年に改訂長谷川式簡易知能評価スケールが発表されている。MMSEは1975年に米国の精神科医 Marshal F. Folstein、 Susan E. Folstein、 Paul R. McHugh、 によって開発されています。
 つまり、長谷川式簡易知能評価スケールのほうが世界に先んじて開発されているのです。

【ふかぼりコラム②】開発者自身がスケールを利用しない決意?


長谷川式認知機能スケール(HDS-R)の開発者である長谷川和夫医師は、自身が認知症と診断された後、このスケールを利用しないという選択をしました。その背景には、開発者としての立場や倫理的な配慮が関係しています。

理由と背景

  1. 問題内容を完全に記憶している 長谷川医師はスケールの内容を完全に覚えているため、テストを受けた場合に正確な診断結果が得られないことを懸念しました。これは、スケールが正常な認知機能と障害のある認知機能を区別するために設計されているからであり、答えを知っている状態での回答は診断の意味を失うことになります。
  2. 別の検査の必要性 医師としての豊富な経験から、認知症の進行状況を適切に把握するためには、自分に合った他の検査を受ける方が有効であると判断しました。この選択は、認知機能障害を正確に評価することの重要性を示しています。
  3. 自己の状況受容と研究への寄与 長谷川医師は、自身が認知症を患うことで得た知見を医療や社会福祉に役立てようとし、「ありのままを受け入れるしか仕方がない」と語っています。この姿勢は、認知症に対する理解を深めるとともに、スケールの有用性や限界についても再考を促しました。

意義

長谷川医師の選択は、医療者が検査結果にどのように向き合うべきかを考えさせられる事例でもあります。開発者自身がスケールを利用しないという決定は、一見すると矛盾しているように見えますが、スケールの設計目的を尊重し、正確な診断を最優先する姿勢を示しています。

【参考・引用】

・加藤他: 老年精神医学雑誌1991; 2:
・田崎他. ベッドサイドの神経の診かた. p135-138. 第16版4刷. 2007

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