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【NRSとは】
NRS(Numeric Rating Scale)は、痛みの強さを0から10の数値で評価する方法であり、患者が自身の痛みを直感的に表現できるスケールとして広く使用されている。0は「痛みなし」、10は「考えられる最も強い痛み」を意味する。NRSは、視覚的なスケール(VAS)と異なり、患者が口頭または書面で直接数値を伝えるため、簡便で迅速に評価できるのが特徴である。特に、高齢者や視覚障害のある患者にも適用しやすい。
参考文献
Jensen, M. P., et al. (1994). The validity of the Numeric Rating Scale as a measure of chronic pain intensity. Pain, 57(3), 317-326.
歴史
NRSは、20世紀半ばから疼痛評価に使用され始めたが、本格的に臨床研究に取り入れられたのは1980年代以降である。視覚的評価(VAS)やカテゴリカルスケール(例:「軽い」「中等度」「強い」)と比較して、NRSはよりシンプルかつ定量的な測定が可能であるため、広く普及した。特に、慢性痛や術後痛の評価ツールとして、世界中の医療機関で標準的に使用されている。
参考文献
Downie, W. W., et al. (1978). Studies with pain rating scales. Annals of the Rheumatic Diseases, 37(4), 378-381.
開発の背景
NRSの開発背景には、既存の痛み評価スケールの限界があった。VASは視覚的なスケールを必要とし、一部の患者には理解しにくいという問題があった。また、カテゴリカルスケールは痛みの程度を言葉で分類するが、患者ごとの解釈が異なるため、正確な評価が難しい。これらの課題を解決するために、NRSは**「直感的な数値評価」**を用いることで、より簡単で再現性の高い方法として開発された。
参考文献
Farrar, J. T., et al. (2001). Clinical importance of changes in chronic pain intensity measured on an 11-point numerical pain rating scale. Pain, 94(2), 149-158.
【準備】
NRSを使用する際には、患者に0~10のスケールを示し、「0は痛みなし、10は想像しうる最も強い痛み」と説明する。質問は「現在の痛みの強さはどの程度ですか?」または「過去24時間で最も強かった痛みはどのくらいでしたか?」など、評価の目的に応じて適宜変更する。デジタルツールを用いる場合、電子カルテやタブレットでの記録も可能である。
参考文献
Breivik, H., et al. (2008). Assessment of pain. British Journal of Anaesthesia, 101(1), 17-24.
採点のポイント
NRSの採点は、患者が示した数値をそのまま記録するシンプルな方式である。しかし、正確な評価のためには以下の点に注意が必要である。
- 同じ基準で評価する:痛みの評価は時間帯や状況によって変動するため、一貫した条件で測定することが望ましい。
- 患者の理解を確認:スケールの意味を十分に説明し、誤解のないようにする。
- 反応の変化を観察:繰り返し評価し、治療の効果を測定する。
参考文献
Williamson, A., & Hoggart, B. (2005). Pain: A review of three commonly used pain rating scales. Journal of Clinical Nursing, 14(7), 798-804.
【判定】
NRSの結果は以下のように分類されることが多い。
- 0~3:軽度の痛み(影響が少ない)
- 4~6:中等度の痛み(活動に支障が出る可能性がある)
- 7~10:強い痛み(強い鎮痛が必要、日常生活に大きな影響を与える)
このスコアは、治療方針や鎮痛薬の使用量の決定に活用される。
参考文献
Jensen, M. P., et al. (1986). The measurement of clinical pain intensity. Pain, 27(1), 117-126.
【項目の解説】
NRSの判定項目は、単なる数値だけでなく、患者の状態や生活への影響を考慮する必要がある。
- 急性痛 vs. 慢性痛:術後の急性痛と慢性的な神経痛では、NRSの意味合いが異なる。急性痛は即時の治療介入が必要なことが多いが、慢性痛では生活の質(QOL)への影響を評価する。
- 痛みの継続時間:持続する痛みと断続的な痛み(例:神経痛や片頭痛)では、評価の仕方が異なる。
- 心理的要因:ストレスや不安はNRSスコアに影響を与えるため、患者の心理状態を考慮する必要がある。
- 比較評価:治療前後でのNRSスコアを比較し、治療効果を測定する。
参考文献
Turk, D. C., & Melzack, R. (2011). Handbook of Pain Assessment. Guilford Press.
【ポイント】
NRSを適切に活用するためには、以下のポイントを押さえておくとよい。
- 患者の個人差を考慮する(同じスコアでも、痛みの受け取り方は異なる)
- 繰り返し測定し、経時的な変化を把握する
- 心理的・社会的要因も評価し、痛みの背景を総合的に判断する
参考文献
Jensen, T. S., & Baron, R. (2003). Translation of symptoms and signs into mechanisms in neuropathic pain. Pain, 102(1-2), 1-8.
【ふかぼりコラム①】痛みに強いのはどんな人?

「痛みに強い人」と聞いて、どのようなイメージを持つだろうか? 一般的には、アスリートや軍人など、厳しい環境に身を置いている人々が痛みに強いと考えられている。実際に、研究によると、アスリートは一般人よりも痛みの耐性が高いことが分かっている。
これは、トレーニングを通じて痛みを克服する機会が多いため、脳が痛みに適応しやすくなっているからだと考えられる。例えば、長距離ランナーは、持久的な筋肉疲労や軽度のケガに対して耐性を持ちやすく、同じ痛み刺激を受けてもNRSのスコアを低く評価する傾向がある。一方、慢性痛患者は、長期間の痛みの影響で神経が過敏になり、一般の人よりも痛みを強く感じやすくなることがある。
また、文化的要因も影響する。日本人は欧米人と比較して痛みに対する表現が控えめであり、同じ痛みでもNRSスコアが低めになりやすい。一方、欧米では「痛みは積極的に治療すべきもの」と考えられ、NRSスコアが高く出る傾向がある。こうした要素を理解すると、NRSの結果を解釈する際に「患者の背景」にも注意を払うことが重要だと分かる。
参考文献
・Tesarz, J., et al. (2012). Pain perception in athletes compared to normally active controls. Pain, 153(6), 1253-1262.
・Gagliese, L., & Melzack, R. (2003). Age-related differences in the perception of pain. Pain, 104(3), 505-511.

【ふかぼりコラム②】ロボットが痛みを評価する未来?

現在、医療のデジタル化が進み、AI技術がさまざまな分野で活躍しているが、痛みの評価にもAIが使われる未来が近づいている。通常、NRSは患者の自己申告に頼るが、これには主観的なバイアスが含まれるため、より客観的な評価方法が求められてきた。
最新の研究では、AIを活用した痛み評価システムが開発されており、表情の変化、声のトーン、心拍数などの生体情報を解析することで、患者の痛みを数値化する試みが行われている。例えば、表情認識技術を用いたシステムでは、顔の微細な筋肉の動きを検出し、痛みの強さをリアルタイムで推測する。これは、コミュニケーションが難しい高齢者や意識障害のある患者にとって特に有用だ。
また、AIが患者の痛みの変化を継続的にモニタリングし、適切な鎮痛剤の投与をアシストするシステムも研究されている。今後、NRSがAIと融合し、より客観的で精度の高い痛み評価が可能になることで、医療の質が大きく向上するかもしれない。
参考文献
・Hammal, Z., & Cohn, J. F. (2014). Automatic pain intensity estimation using facial expression analysis. IEEE Transactions on Affective Computing, 5(4), 431-443.
・Werner, P., et al. (2019). Automatic pain assessment: A survey on existing and proposed technologies. Pain Reports, 4(1), e732.