
目次
【NIHSSとは】
NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale) は、急性期脳卒中の重症度を評価するために開発された標準化された臨床評価スケールである。
患者の意識レベル、運動機能、言語、視覚、構音障害など11の評価項目 から構成され、スコアが高いほど脳卒中の重症度が高いことを示す。
主な特徴
- 迅速かつ客観的な評価が可能(救急医療や脳卒中ユニットで利用)
- 治療方針の決定に使用(血栓溶解療法や血管内治療の適応判断)
- 予後の予測が可能(高スコアほど後遺症や死亡リスクが高い)
NIHSSは、1989年に開発されて以来、世界中で脳卒中診療の標準として使用されている。
参考文献
Brott T, et al. “Measurements of acute cerebral infarction: a clinical examination scale.” Stroke. 1989;20(7):864-870.
歴史
NIHSSは1989年にアメリカ国立衛生研究所(NIH)によって開発された。
それ以前の脳卒中評価尺度は統一されておらず、医療機関や研究ごとに異なる評価方法が用いられていた。そのため、臨床試験や治療効果の比較が困難だった。
NIHSSは、臨床試験の統一基準として設計され、特に脳卒中急性期の治療評価 に大きく貢献した。現在では世界中の脳卒中診療におけるゴールドスタンダードとされている。
参考文献
Lyden P, et al. “Improved reliability of the NIH Stroke Scale using video training.” Stroke. 1994;25(11):2220-2226.
開発の背景
NIHSSは、脳卒中の重症度評価を迅速かつ客観的に行う必要性から開発された。1980年代にはt-PA(組織プラスミノーゲンアクチベーター)による血栓溶解療法が研究され始めており、治療の適応を判断する統一基準が必要だった。
また、NIHSSはリハビリテーション計画の立案や予後予測にも有用であり、現在では脳卒中患者の長期的な経過観察にも広く使用されている。
参考文献
Adams HP Jr, et al. “Baseline NIH Stroke Scale score strongly predicts outcome after stroke.” Neurology. 1999;53(1):126-131.
【準備】
NIHSSを評価する際の準備
- 静かな環境を確保(患者の注意を維持しやすくする)
- 標準化された評価シートを用意
- 患者の薬歴を確認(鎮静薬や意識レベルに影響を与える薬があるか)
- 事前に評価者がトレーニングを受ける(評価のばらつきを防ぐ)
特に、ビデオトレーニングを受けた評価者の方が正確性が高い ことが報告されており、教育プログラムを受講することが推奨される。
参考文献
Lyden P, et al. “A modified National Institutes of Health Stroke Scale for use in stroke clinical trials.” Stroke. 2001;32(6):1310-1317.
【採点のポイント】
3. 採点のポイント
- 評価項目ごとに0~4点のスコアをつけ、合計スコアで重症度を判定
- 評価の一貫性を確保するため、明確な基準に基づく
- 患者の協力が得られない場合、可能な範囲で評価を実施
参考文献
Brott T, et al. Stroke. 1989;20(7):864-870.
【判定】
- 0~4点:軽度の脳卒中
- 5~15点:中等度の脳卒中
- 16~42点:重度の脳卒中
高スコアほど予後不良のリスクが高く、特に22点以上ではt-PA治療のリスクが増加する ため、慎重な判断が必要とされる。
参考文献
Adams HP Jr, et al. Neurology. 1999;53(1):126-131.
【項目の解説】
NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)は、11の評価項目で構成されており、各項目を0~4点で評価する。スコアが高いほど、脳卒中による機能障害が重度であることを示す。このセクションでは、各評価項目の詳細を解説し、採点の基準を具体的に説明する。
NIHSSの評価項目と採点基準
意識レベル(Level of Consciousness, LOC) [0~3点]
患者の意識の状態を評価する。
- 0点:意識清明(覚醒し、適切な応答ができる)
- 1点:軽度の混乱(呼びかけや刺激に対して遅延があるが、応答は可能)
- 2点:反応が鈍い(強い刺激に対してかろうじて反応する)
- 3点:意識消失(昏睡状態、呼びかけに全く反応しない)
質問への応答(LOC Questions) [0~2点]
患者に簡単な質問をして、適切に答えられるかを評価する(例:「今の月は?」「あなたの年齢は?」)。
- 0点:両方の質問に正確に答えられる
- 1点:1つの質問にのみ正しく答えられる
- 2点:どちらの質問にも正しく答えられない
命令に対する応答(LOC Commands) [0~2点]
簡単な指示(例:「目を閉じてください」「握手をしてください」)に応じるかを確認する。
- 0点:両方の指示を正しく実行できる
- 1点:1つの指示のみ実行できる
- 2点:どちらの指示も実行できない
視野の欠損(Best Gaze) [0~3点]
眼球運動に異常がないかを評価する。
- 0点:正常な眼球運動
- 1点:部分的な眼球運動障害
- 2点:視線が片側に偏っており、自発的には戻らない
- 3点:強い眼球偏倚(強い斜視や一点に固定された状態)
顔面麻痺(Facial Palsy) [0~3点]
笑顔や眉の上げ下げなどを行わせ、顔面神経の麻痺を評価する。
- 0点:対称的な顔の動き
- 1点:軽度の非対称(動きの差がわずかに認められる)
- 2点:明らかな非対称(顔面の一部が完全に動かない)
- 3点:顔面完全麻痺
上肢麻痺(Motor Arm) [0~4点]
腕を水平に上げさせて(30秒間)、保持できるかを評価する。
- 0点:正常
- 1点:腕が落ちるが、一定時間持ち上げられる
- 2点:腕が持ち上がらず、すぐに落ちる
- 3点:完全な麻痺(動かせないが、筋緊張はある)
- 4点:完全麻痺(無筋緊張)
下肢麻痺(Motor Leg) [0~4点]
脚を伸ばした状態で持ち上げさせ(5秒間)、保持できるかを評価する。
- 0点:正常
- 1点:軽度の筋力低下(脚が落ちるが、一時的に持ち上げられる)
- 2点:すぐに脚が落ちる
- 3点:完全な麻痺(わずかに動かせるが、持ち上げられない)
- 4点:完全麻痺(無筋緊張)
運動失調(Limb Ataxia) [0~2点]
指鼻試験・踵膝試験で協調運動障害を評価する。
- 0点:正常な動作
- 1点:軽度の協調運動障害
- 2点:明らかな失調(ターゲットに手や足が届かない)
感覚障害(Sensory) [0~2点]
触覚刺激や痛覚刺激に対する反応を確認する。
- 0点:正常な感覚
- 1点:軽度の感覚低下(鈍いが、刺激は感じる)
- 2点:完全な感覚喪失(全く感じない)
言語障害(Best Language) [0~3点]
患者の発話能力を評価する(絵を見せて言葉を出せるかなど)。
- 0点:正常な発話
- 1点:軽度の言語障害(少し言葉が出にくい)
- 2点:明らかな失語(単語の羅列のみ)
- 3点:完全な失語(発話不能)
構音障害(Dysarthria) [0~2点]
言葉の発音が明瞭かどうかを評価する。
- 0点:正常な発音
- 1点:軽度の発音障害(やや聞き取りづらい)
- 2点:重度の発音障害(ほぼ聞き取れない)
NIHSSスコアと臨床的意義
NIHSSスコアの合計に基づき、脳卒中の重症度が分類される。
NIHSSスコア | 重症度 | 臨床的意義 |
---|---|---|
0~4点 | 軽度 | 高い機能回復の可能性 |
5~15点 | 中等度 | 入院加療が必要 |
16~22点 | 重度 | 機能回復が限定的 |
23点以上 | 最重度 | 高い死亡リスク |
まとめ
- NIHSSは11項目で構成され、脳卒中の重症度を0~42点で評価する。
- スコアが高いほど重症であり、治療方針や予後予測に役立つ。
- 評価には一定の訓練が必要であり、適切なトレーニングを受けることで精度が向上する。
参考文献
・Brott T, et al. Stroke. 1989;20(7):864-870.
・Lyden P, et al. Stroke. 1994;25(11):2220-2226.
【ポイント】
- 評価者のトレーニングが重要(一貫性を保つ)
- 短時間で評価可能(通常10分以内)
- リハビリテーションの進捗にも活用可能
参考文献
Lyden P, et al. Stroke. 2001;32(6):1310-1317.
【ふかぼりコラム①】NIHSSは本当に使いやすいのか?

NIHSS(National Institutes of Health Stroke Scale)は、脳卒中の重症度評価の標準スケールとして広く使用されている。しかし、現場の医療従事者にとって、本当に「使いやすい」スケールなのだろうか?
1. 簡便さと客観性のメリット
NIHSSは短時間(約10分)で評価できるため、救急や急性期医療の現場で即座に脳卒中の重症度を把握できる。特に、t-PA(血栓溶解療法)の適応判断に有用で、スコアの客観性が確保されている点が大きな利点である。
2. 限界と課題
一方で、NIHSSにはいくつかの課題も指摘されている。例えば、失語症が重度の患者では正確なスコア評価が困難な場合がある。また、小脳梗塞などの特定の脳卒中タイプでは、スコアが低く出るため、重症度を過小評価する可能性がある。さらに、評価者ごとの主観的な違いを減らすためには、トレーニングを受けた医療従事者が評価を行う必要がある。
3. 未来のNIHSSの進化
近年、AIを活用した自動評価システムが研究されており、患者の顔面麻痺や四肢麻痺をウェアラブルデバイスやカメラで自動判定する技術が開発されつつある。これにより、評価の精度が向上し、より迅速かつ正確な診断が可能になると期待されている。
結論として、NIHSSは現在の脳卒中診療において極めて重要なツールであるが、さらに改良の余地があり、技術の進歩によって今後ますます使いやすくなる可能性がある。
参考文献
・Lyden P, et al. “Improved reliability of the NIH Stroke Scale using video training.” Stroke. 1994;25(11):2220-2226.
・Adams HP Jr, et al. “Baseline NIH Stroke Scale score strongly predicts outcome after stroke.” Neurology. 1999;53(1):126-131.
【ふかぼりコラム②】NIHSSスコアが予後を決める?

脳卒中の患者にとって、回復の可能性は最も気になるポイントの一つである。その予後をある程度予測するために用いられるのがNIHSSスコアだ。しかし、本当にスコアが高いと回復が難しいのだろうか?
1. NIHSSスコアと予後の関係
研究によると、NIHSSスコアが低いほど、患者の機能回復の可能性が高いとされている。例えば、スコアが0~4点の軽度脳卒中では、ほとんどの患者が3か月以内に日常生活に復帰できる。一方、22点以上の重症脳卒中では、死亡率が高く、機能的自立が困難なケースが多いと報告されている。
2. 例外はある?
ただし、スコアが高くても回復する例もある。特に積極的なリハビリテーションを行った場合、脳の可塑性によって機能回復が促進されることがある。また、t-PA療法や血管内治療を適切なタイミングで行うことで、脳の損傷を最小限に抑えられ、スコア以上の回復を示す患者もいる。
3. 未来の予後予測技術
現在、個別化医療の概念が進んでおり、NIHSSに加えてMRI画像解析や遺伝子情報を組み合わせたAIによる予後予測が研究されている。これにより、単なるスコアだけでなく、患者個別の回復可能性をより正確に判断できるようになる可能性がある。
結論として、NIHSSスコアは予後予測の重要な指標だが、必ずしも「高スコア=回復不能」ではない。最新の治療とリハビリテーションによって、可能性を最大限に引き出すことができる。
参考文献
・Saver JL, et al. “Time is brain—Quantified.” Stroke. 2006;37(1):263-266.
・Adams HP Jr, et al. “Baseline NIH Stroke Scale score strongly predicts outcome after stroke.” Neurology. 1999;53(1):126-131.
その他の 神経疾患評価
・UPDRS(Unified Parkinson’s Disease Rating Scale)
・ALSFRS-R(Amyotrophic Lateral Sclerosis Functional Rating Scale – Revised)